どこまでも、聲、響き、
轟、と
犬が何処かで喚く。叫く。
轟、と
ある晩のこと。
*
さよなら、女は長い黒髪を切り、去っていく。
*
切り落された黒髪は床に散らばり、男は瞠目した。
女は目を伏せ、ごめんなさい、と泣く。
あなたの好きな黒髪は在りませぬ、だから、私に暇を頂きたいのです。
赤い柄の多い、上質な着物が、す、と音を立てた。
意識を戻せば、そこには膝を付き、頭を下げている女が居た。
好いた長い黒髪は散らばっている。
手の中に掴み残っていた髪が、すと、床に落ちた。
*
嗚呼、女は甘美なる声を上げた。
涙を浮かべよがった。
男は女を抱いては言った。
お前の黒髪は酷く美しいな。
情事のあと、女は何も言わなずに泣いた。
男は、その黒髪を見つめ、触れては口付けを落していた。
*
次の年、女は死んだらしい。
犬に喉元を噛まれて死んだと聞いた。
*
どこまでも薄情な、と男は言った。
(200612)
黒髪の女を狙う事件が昔在ったな、と思い出した。
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