あゝ、なんて夜、何処の夢
紅い血液が流れる音がした。
女は、自らの膨らんだ腹に手を当てて、嬉しそうに笑った。
私は、一人、其れを輪から離れ、見つめている。
これは夢だ、そこに、ヒトに囲まれ笑う己がいるのだから。
そこに、其れを冷めた目で見やる己がいるのだから。
あの醜く腹を膨らませた女が、私で在る筈は無い、あってはならない。
腹に伸びる幾本もの白い腕が、憎くて仕方がない。
あゝ、その腕を噛み切ってしまえ。
*
硬い物質が折れる音。
その痛みは己のもので、聲にならぬ叫びは喉の奥でくぐもった。
どうしてこうなったのか考えてみる。
そうすると、痛みは何処か遠くに離反した。
我に返れば、先程の腹の中に居た何かは居ない。膨らむ醜さも無い。
あゝ、あれもこれも矢張り夢なのだ。
*
海の中で海水を飲み込んで居た。
喉元が潰れているのか、大層、気持ちが悪い。
体は腐敗しているのか、醜くふくれあがり、魚に食われている。
あゝ、寄るな!寄るな!気持ちが悪い!
何故か、ここは、水の中では無い。そう思った。
そうして、見渡せば、周りに漂う骨の魚の一匹も存在しなかった。
一匹飼ってみるのも悪くはなかったかもしれない。
そう思えば、目の前に一匹の骨の魚が現れ擦寄ってきた。
何故だか、酷く愛おしかった。
夢が覚めても側にいておくれよ、と言うと、尾を振った。
名を付けようと考え始めた。何がいいだろう。
*
それは、生きて死ぬ様を生きているようだった。
*
火が足下から体を這うように上がる。
魔女だ、何だと、中世の魔女狩りを思い出した。
次は、どんな死に方か。
考えれば、その体を這う炎の痛みなど、姿を消した。
小さく、微笑んでみれば、小さな石が飛んできた。
燃えて焼け爛れている耳に、叫ばれているであろう罵声は届かない。
目を上げれば、そこには先程の白い魚が浮いていた。
お前は空も飛べるのだね、と言えば小さく尾を振った。
骨の魚は感情を表すのに唯一ふる事の出来る尾を振った。
*
白い生き物に縁が有るのかも知れない。
骨の魚もとても綺麗な白をしている。生きる汚濁を一切知らぬような白。
羨望した。
ふ、と、白い毛の狼に似た獣を見つけた。
おいでと、手を伸ばせば擦寄ってくる。
人に慣れているのか。
骨の魚とも仲良く戯れ始めた。
目覚めている時は生き物に好かれることなど無かったというのに。
からから。
可笑しかった。
一緒に来るかと聞いた。
言葉を理解したのか、その賢さを秘めた灰色の睛が細められ、尾を振った。
お前の名も考えなくてはね。
*
それは、酷く異質で、穏和な生き物だった。
*
お前達二人の名前を双子のように対にするのもいいかもしれないね。
大層仲が良いのだから。嫉妬したくなる程だよ。
そう言えば、二つは足と腕に擦寄り、獣はくぅん、と一つ鼻を鳴らした。
嘘だよ。嫉妬など、自惚れではなくお前達と私は一緒なのだよ。
からから。
笑った。
お前は*、お前は*。
どうだい?お前達は私の**となって生きてくれれば良い。
*
なんと名づけたのだっただろうか。
*
小さな魚と獣を抱いた、美しい着物を纏った白い、骨が川から上がった。
それらの骨は複雑に絡み、それらを離別させることが出来なかった。
その話は諸国に廻り、その美しい着物の骨の主を個々に思い浮かべたという。
骨となった程の年月と水にさらされていたと言うのにも拘らず美しかった着物に。
水にさらされていたというのに、汚れ一つ無く、美しく白かった3つの遺体の骨に。
人々は、気味悪がり、不思議がり、身震いした。
白い犬を連れた子どもが、その人は神様だったんだよ、と小さく笑って言った。
*
背中に酷い痛みが襲った。
足下で白い獣が悲しそうに喉を鳴らす。
何度遭っても慣れぬ痛みに、喉元で殺そうとした痛みが篭った。
大丈夫、大丈夫だ、そう思えば、痛みは消える。
一瞬の、構える事が出来ぬ一瞬に与えられた痛みはいくつも与えられた。
剣が、刺さる。
腹から突き出した剣先が気味悪くぬらりと赤く光った。
その痛みは既に無い。
*
どこまで、どこまで、生きて、何処で、死ねばいいのだろうねぇ。
まるで他人事の様に、呟いた。
煙管を含んで、白いレースを翻す。それは知らぬ時代の他人である自分。
一夜に、幾度の幾多の瞬間の痛覚の終焉は何時か。
意識は既に其れ等に飽いていた。
見ず知らずの時代へ生きる、それらの意義が見つけられぬまま。
*
サヨナラは何処に
(200701)
神、其れに逢いたいと、成りたいと切望する、夢を見た。手を伸ばして、
最近気味の悪い作品ばかりですね。どうしたことか、時代が遡っている様で。